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気仙沼に上がる、栃木の花火 

プライベート花火で名前を耳にする益子の花火工場(高徳花火工場)が、
気仙沼の子供たちに、一つでも想い出を増やしてもらいたいと、
再生の意味を込めた花火をプレゼントしてくるそうだ。

益子の花火 気仙沼彩る
 (引用元:YOMIURI ONLINE 読売新聞)

震災からもうすぐ2年。あの時、沢山の人達の命を祈った日を、
私達はずっと大切にしていくべきではないでしょうか?

バスツアーがあるそうです。あちらへ行って楽しむことで
お金を落としてくるのも十分な現地支援に繋がるそうです。
「気仙沼、花火で元気にしよう!」主催:栃木めっけの会

『ゴジラが通ったあと』

1920年の戦後恐慌、1923年 関東大震災、その後の震災恐慌、昭和金融恐慌(1927年)と

次々に不況が訪れた昭和に対して、

2009年リーマンショック、2011年東北大震災、現在の日本不況と続く平成。

 

時代は繰り返すと言いますが、本当にそうなのかもしれませんね。

 

3.11によって、失った友人や知人はいません。むしろ、

遠くアメリカで起こった9.11で、数少ない外人友達が行方知れずになりました。

 

 

「自分にはどうでもいい、自分に深く関係した物語」

 

言葉を悪く使えば、3.11はそういうことになる。1.17は一緒に6年も住んだ親戚の誕生日だし、

その親父の誕生日は3.11です。そして、自分に深く関係した祖母や祖父の命日は2.14で、

自分にとっては、3.11の記憶は痛烈にあるけど、それ以外の日の方が深く悲しかったり、重要な日でもある。

 

 

「関係性」という言葉がある。人の間と書く”人間”という言葉も関係性を表していると思う。

私たちは生まれおちた瞬間から今日まで、その「関係性」の中で過ごして来ている。

 

 

「その話は他人の話だ」

と切り離したように思う事が出来ても、真実はそうでない。

隣のデスクの同僚が給与で悩んでいるのは、ずっと紐をたどれば、

外国の誰かの商売が成功しているせいかもしれない。

 

 

全ての結果に全ての原因があるのだから、

今起きている目の前の今日の世界の姿に対して強く影響を与えているのが、

昨年の今日であることは、明白だ。

 

 

あの日、まるでゴジラが通ったあとみたいに、皆、騒然として、

そのゴジラがまだどこかにいるんじゃないかと、沢山の眠れぬ恐怖がそれから続いた。

少し何かがあれば、ゴジラのせいだと感じたり、原発や復興問題、ゴジラが残した宿題をやり続けている人もいる。

 

ゴジラがもたらした唯一の財産は、この「関係性」という言葉ではないかと思う。

 

「絆」という言葉が浮上してきたが、

この言葉はこっそり奥でしまわれてきた 触ったら壊れるようなガラスの言葉だろう。

 

「僕と君は絆で繋がっている」なんて意味不明な言葉の使い方が横行していた。

「絆」は本来使うべき言葉じゃない、「そこに必ずある、見えないけど大切な言葉」であるべきだ。

 

でも、ゴジラがどしんどしんとあちこち踏みつけるものだから、不安が募って、地下からこの宝が出てきてしまった。もう皆は、その言葉に頼るしかなかった。わざわざ出さなくても良かった言葉に、ただ頼り、甘えるようになった。

 

 

でも、

その浮ついた言葉の使い方に疑問を抱きつつも、多様化で困って来た日本の文化に、

一つの光明が見えた気がした。

 

 

こんな小さな島国で、自分の殻に閉じこもっていた村人たちが、壁を越えて、殻を破って、

「他者を理解しよう」と試み始めた。

 

人と人が関係していることを知り始めたのだから。

そしてそれだけが、ゴジラが残した財産だと思う。

 

 

またゴジラが来るかもしれない。

 

そんな時に、

人と人が繋がっている事を知り始め、他者の痛みを理解しようと思い始めた人達がいる国は、

きっと強く立ち向かえる気がする。思いこみだろうか?弱者の勝手な希望だろうか?

 

 

ゴジラは決して倒されない。

 

人の営みがある限り、彼はきっとまた来ると思う。

文明と自然の交差点に出来たような恐怖の大王みたいな生き物だから。

 

人類が戦う術はリベラルアーツを体得していき、

「どう一緒にある」かを解いていくことだと思う。

 

震災の悲しみを肌で実感出来ない代わりに、

私は私なりに、今日は精いっぱい、感じてみたいと思います。

 

震災で亡くなった方達のご冥福をお祈り致します。

これが他者に出来る、はじめの一歩だから。そして、

ゴジラの足あとよりもずっと小さいけど、集えばゴジラよりも大きくなる筈だ。

 

2012.3.11