もう半歩で夢が叶うかもしれない。


分け登る麓の道は多けれど同じ高嶺の月をこそ見れ

真っ暗闇な山を一人登る中、彼方此方から「こっちは楽だぞ」と甘い声が飛び交う。。。

幻聴で、本当はもう頂 寸前かもしれない。

無駄って、信じない時間のことなのでは?

フラフラと彼方此方と良いところ取りをしていても、それほど都合良くは行きませんよね。
大事なるは、己が道や己が信じたモノを信じて進む努力かなと。

一歩がダメなら半歩ずつ。半歩が駄目なら明日から。
耐えて進んでにじり寄って、諦めずに己が足を運ばせる。

コンビニな道を歩む人を見かけたら、その方の影を見て見るべきだ。
汗かいて進まぬ辛そうな方を見かけたら、その方の未来を見て見るべきだ。

全て同じ場所に向かっているなら、

安心して、気楽に進もうじゃありませんか。
自分のペースでも、他人のペースでも。

だって、もしもですよ、

自分の経験値が全てなら、もう成功している筈だと思いません?極楽にいる。

でも、実際がそうじゃなかったら?=自分の経験値なんて役立たずだってことですよね。

他人の甘い声に誘われた時に、「これは俺の経験上、良い導きだ!」なんて思ったら、

行かないのもいいかもしれません。「甘い声に導かれても平気なくらいの経験値を持っているか?」

結構、重要かなと。先ずは、己が道を己が信じたように突き進んでみる。

足場を固めて見る。そしたら、もしかして、「あれ?もう頂上?」なんてあるのかも。

仏は多けれど、信じるは一つなり。

沢山の教えを学びながら、信じる道は一つ。

だから、先ずは、進んでテストするしかないんですよ。

と、日々雑感。